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硫黄島遺骨収集帰還事業

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千鳥ケ浜海岸から見る擂鉢山
9月21日(木) 13:30 靖国神社へ集合したのは日本遺族会から派遣となった5名、顔合わせ後本殿に上がり参拝。その後前泊する入間第一ホテルへ移動し結団式と自己紹介、詳細な実施要綱の説明を受けた。私以外日本遺族会からの4名は複数回硫黄島で収集作業を経験されてる方達で心強かった。

9月22日(金) 10:00 入間第一ホテルからわずかの距離にある入間基地から航空自衛隊の特別便で硫黄島に向け離陸。天候の影響もあり迂回ルートを取ったらしく3時間ほどかかった。着いた硫黄島は台湾や石垣島などと緯度がほぼ一緒なので南国に来たことを実感した。昼食の後、マイクロバスで天山慰霊碑に行きお参り。また明日からの収集壕に行き説明を受けた。
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天山慰霊碑
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慰霊碑に来島報告
・9月23日(土)~9月30日(土)
日曜日の休養日を除いて収集作業の行程は概ね午前中3時間、午後2時間で、2班に分かれ20分作業15分休憩の流れですが真夏並みの強い日差しのなかでの作業はなかなかハードだ。初日と2日目の作業壕は島の北東部で平成28年度第4次派遣で行われた場所(平成29年2月に4体収容)
壕の入口を大型重機で掘削し、その後一人十杯を目安に交代で箕にとりバケツリレーよろしく外に排出します。外に運び出された土石を篩(ふるい)で分けるのですが御遺骨がないか皆さん真剣の眼差しです。今回の派遣団の中には大学生など若い方たちの参加もありありがたい限り。また不発弾処理で青森県八戸から二名の陸上自衛隊員が、作業期間中、島常駐の海上自衛隊員、航空自衛隊員2名の支援もあり感謝に堪えない。
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・宿舎と食事について
在島中の宿泊は島を管理している海上自衛隊、航空自衛隊の宿舎をお借りし、食事は現在島内でもろもろの建設に従事されている鹿島建設の食堂でいただきます。毎食ともそれぞれの団体ごと揃って行動するのですが食べるのが皆さん早いので追いまくられるよう。ただ食事は暖かでマンネリにならないよう工夫されおいしくいただきました。宿泊の部屋は冷房が利いていて快適でしたが午前中の作業に行ってくると汗びっしょりで埃まみれとなるので、その都度シャワーを浴び着替え洗濯をするのですが、水が貴重なので節水についての注意がたびたびありました。
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釜岩海岸から見る摺鉢山
・9月28日(木) 島内巡拝
この日は作業がなくマイクロバス二台に分かれ島内慰霊で午前中は島の東側と北方面を巡拝。外周道路を東に行き滑走路脇にある壕碑や硫黄ケ丘、硫黄島神社へよる。また天山慰霊碑から程なくのところにある警備隊本部壕は父が所属していた部隊なので線香を手向け、お参りできた時は胸にこみあげるものがあった。
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硫黄島警備隊本部壕碑
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壕の入口
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壕に入ると枝壕はどこまでも
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海軍警備隊医務課壕口
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警備隊医務課壕内部
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奥に入るとサウナ状態
医務課壕は病院壕と言われ、他の壕に比べて大きな作りになっていて、通気の為の縦穴まである珍しい壕だそうです。
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最後の突撃壕
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栗林中将が最後の突撃を行う前に滞在していた壕で、壕内には約400名の兵がいたとされ、今も銃やヘルメットが残されていました。

昼食をはさんで午後は、島の西側や南側の集団埋葬地跡、釜岩、島のシンボルである摺鉢山慰霊碑、鎮魂の丘など巡拝してきたが、錆びて朽ち果てた大砲や軍艦など、青い海や空の美しい千鳥ヶ浜海岸とのアンバランスがなんとも痛々しかった。
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埋もれ掘り出された大砲
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錆びた軍艦
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約60km離れた南硫黄島





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東京都小笠原村硫黄島
平成29年度硫黄島遺骨収集帰還事業に戦没者の遺児として事前登録していたところ、今回、日本遺族会を代表して参加することになった。(東京都、神奈川県、広島県2名、長野県の5名) 派遣期間は9月21日(木)~10月3日(火)までだが、硫黄島の渇水状況等により変更・中止など日程が変更となる可能性もある。(7月に行われる予定だった第一次派遣は水不足などにより中止となった)
今回の第二次派遣団員名簿によると主催の推進協会の職員、日本遺族会、硫黄島協会、大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会、JYMA日本青年遺骨収集団、国際ボランティア学生協会、水戸二連隊ペリリュー島慰霊会、小笠原村在住硫黄島旧島民の会、重機オペレーターさんと指導監督の厚生労働省職員で構成され総勢33名の由。

・9月21日(木) 13:30 靖国神社集合 その後前泊する入間第一ホテルへ
・9月21日(木) 18:00 結団式及び説明会
・9月22日(金) 10:00 航空自衛隊の支援をいただき入間基地発 航空機
・9月22日(金) 12:40 硫黄島基地 着 天山慰霊碑前にて来島報告
・9月23日(土)
   ~        遺骨収容・調査 (日曜は休養日)
・10月01日(日)
・10月02日(月)     現地追悼式 離島準備
・10月03日(火) 14:00 硫黄島基地発
・10月03日(火) 16:40 入間基地着 解団式

この遺骨収集事業は昨年8月に厚生労働省の指定法人として認可された一般社団法人日本戦没者遺骨収集推進協会(以下推進協会)が実施するもので硫黄島のほか本年はフィリピン、東部ニューギニア、ビスマーク、ソロモン諸島、インドネシア、パラオ、マリアナ諸島、トラック諸島、マーシャル諸島、ギルバート諸島、ミャンマー、インドなどの南方や樺太、ハバロフスク地方、ザバイカル地方、クラスノヤルスク地方、アムール州、カザフスタン共和国、旧ソ連方面で実施予定とのこと。

先の大戦では240万人も亡くなったといわれるが、硫黄島では21,900人余の戦死者のうち、本国へ帰還できた遺骨は47%といわれる。(平成29年1月現在)この硫黄島での遺骨収集は高性能地中探索レーダーで確認された地下壕を掘削し遺骨の収容を行うものですが、昨年は4回実施され17柱帰還された。戦後72年とあまりにも年月が経ち過ぎてしまったが、お国や家族のことを思いながら戦地に散った英霊たちの慰霊と一柱でも多くの遺骨が見つかり祖国に帰れるよう微力ながら働いてきたい。

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